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神戸地方裁判所 昭和60年(わ)541号 判決

本籍及び住居

兵庫県三原郡三原町市市五七二番地の三

歯科医師

末廣裕

大正一五年三月二七日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官甲斐孝雄、弁護人兵頭厚子出席の上審理をして、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金三〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

(罪となる事実)

被告人は、兵庫県三原郡三原町市市五七二番地の三において、末廣歯科医院の名称で歯科診療を営んでいるものであるが、自己の所得税を免れようと企て

第一  昭和五六年分の所得金額が一億〇四七〇万四一八六円で、これに対する所得税額が五八六二万六六〇〇円であったのに、自由診療収入の大部分を除外し、よって得た資金を仮名預金とするなどの不正の方法により所得を秘匿した上、昭和五七年三月一五日、同県洲本市山手一丁目一番一五号洲本税務署において、同税務署長に対し、昭和五六年分の所得金額が一九一五万七〇八一円で、これに対する所得税額が四九六万一二〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税五三六六万五四〇〇円を免れ

第二  昭和五七年分の所得金額が一億二三四九万一九四二円で、これに対する所得税額が七二三六万九七〇〇円であったのに、前同様の行為によりその所得の一部を秘匿した上、昭和五八年三月一五日、前記洲本税務署において、同税務所長に対し、昭和五七年分の所得金額が二二八八万二九〇三円で、これに対する所得税額が六九八万三七〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税六五三八万六〇〇〇円を免れ

第三  昭和五八年分の所得金額が一億〇八一三万六〇四九円で、これに対する所得税額が五六一〇万九八〇〇円であったのに、前同様の行為によりその所得の一部を秘匿した上、昭和五九年三月一五日、前記洲本税務署において、同税務署長に対し、昭和五八年分の所得金額が二一四四万四二三九円で、これに対する所得税額が二四六万五二〇〇円である旨の虚偽過少の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により所得税五三六四万四六〇〇円を免れ

た。

(証拠の標目)

判示全部の事実につき

一  被告人の

1  当公判廷における供述

2  検察官に対する供述調書

3  大蔵事務官に対する質問てん末書二四通

一  第六回公判調書中の証人大澤哲夫の証人尋問調書

一  末廣景子の

1  検察官に対する供述調書

2  大蔵事務官に対する昭和五九年一〇月二日付、同月二一日付、昭和六〇年一月二三日付(二通)、同年二月四日付(二通、いずれも抄本)、同月七日付(二通、いずれも抄本)、同月一四日付、同月二八日付、同年三月一〇日付、同月一八日付及び同年一九日付各質問てん末書

一  末廣和彦、富田英孝、鳥越弘晶、原敬介及び岩橋久義(二通)の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  被告人、中川靖雄、末廣景子及び野村証券株式会社神戸支店長各作成の各確認書

一  大蔵事務官作成の昭和六〇年一月八日付、同年二月四日付、同月九日付(三通)、同年三月五日付、同月八日付(三通)、同月一一日付(二通)、同月一二日付、同月一三日付、同月一五日付及び同月一六日付(六通)各査察官調査書

一  検察事務官作成の報告書

判示第一の事実につき

一  大蔵事務官岸本輝雄作成の昭和六〇年三月二二日付証明書(昭和五六年分に関するもの)

一  大蔵事務官井上建太郎作成の脱税額計算書(昭和五六年分に関するもの)

判示第二の事実につき

一  大蔵事務官岸本輝雄作成の昭和六〇年三月二二日付証明書(昭和五七年分に関するもの)

一  大蔵事務官井上建太郎作成の脱税額計算書(昭和五七年分に関するもの)

判示第三の事実につき

一  大蔵事務官岸本輝雄作成の昭和六〇年三月二二日付証明書(昭和五八年分に関するもの)

一  大蔵事務官井上建太郎作成の脱税額計算書(昭和五八年分に関するもの)

一  大蔵事務官岸本輝雄作成の昭和六〇年三月二二日付証明書(みなし法人課税選択の届出書に関するもの)

一  山形修作成の照会回答書

なお、弁護人は、所得金額の算出方法につき種々主張するので以下検討する。

まず、右所得のうち事業所得額についてはいわゆる損益計算法によってこれを算出することが可能であるのにいわゆる財産増減法によった違法があるとの点についてであるが、そもそも租税逋脱犯における逋脱所得金額の認定にあたって、損益計算法によることができる場合であっても、財産増減法を用いることが許されるものと解される(最判昭和五四年一一月八日、同昭和六〇年一一月二五日参照)から右主張は、主張自体理由がない。しかも、本件で問題とされている三年分はどの年度においても損益計算法によって当該年度における自由診療収入額全部を正確に算出することはできず、わずか、最終年のうち半年に満たない期間内に作成された資料(補綴控)―これとて右収入額を推定できる程度のものでしかない―を基に推計に推計を重ねないと算出できないという事案であるから計算の基礎となる各費目の数値が正確である限り財産増減法による算出の方がより実際に近い数値が算定されうるということができる。また、前記資料等を基にして推計を重ね、その結果出てきた数値を基礎として損益計算法によって算出した三年分の事業所得額が財産増減法によって算出されたそれらと一致しないつまり不突合があるからといってそれだけで後者による算出が違法であるということにはならないことは右のような事情からして明らかである。

次に、各期末における資産額を認定するに当って被告人の家族即ちその実母及び妻子ら固有の財産を被告人に帰属するそれとして計算した違法が存するとの点であるが、幸福相互銀行三原支店にあった被告人の妻景子名義の普通預金(口座番号二三二八二)は同女固有の資産であったのに被告人に属するものとして処理した点及び後述する専従者給与可処分所得のうち預貯金された分の処理を除けば右の主張の理由がないことは前掲取調済関係各証拠からして明らかである。そして、右景子の普通預金についての該処理は、当該普通預金が昭和五八年三月二八日に開設されたのに同年一二月一七日には解約されているのであるから同年末の残高零となり同年中の財産増減算定には影響を及ぼさないものである。

次に、利子所得の算定にあたって前記景子の普通預金に対するものを含めて前記家族固有の利子収入を被告人のそれとして計算した瑕疵が存するとの点であるが、そもそも所得税額を算定する上で固定性預金以外の預金即ち普通預金などに対する預貯金利子については当時確定申告の義務を免除されていたため同税の算定上は利子所得としては扱われていなかったものであり、本件においても右同様に処理されているのであるからこの点についてはその主張の前提を欠き理由がなく、弁護人が主張している固定性預金については問題とされる期中に利子の支払いがないのであるからこの点についてもその主張の理由がないことは明白である。

なお、前記景子は、被告人から資金の管理運用を任されていたところ、同女、その子和彦、同玲子の専従者給与に係る資金のうち一部を各人の名義により預貯金としていたものであるが、これらの資金の殆どは被告人の診療収入除外金と混同して預貯金されておったもので専従者給与可処分所得による預貯金の帰属区分をすることは不可能である。そこでこれらの預貯金及び利子につき被告人に帰属するものとして処理したとしても、他方において、右専従者給与可処分所得を事業主借として負債計上処理をして調整していること、弁護人が右専従者給与可処分所得が含まれているのが明らかな妻子名義の預貯金であるとしてあげているそれらは前述したとおり、期中に利子の支払いがなされていないか、支払われているとしても利子所得として扱われない普通預金に対する利子であること及び右専従者給与可処分所得額、診療収入除外金額などに前記資金運用の実態等の事情からして違法であるとはいえない。

(法令の適用)

一  罰条 条

判示各所為はいずれも所得税法二三八条に該当(懲役刑と罰金刑とを併科することとする。)

一  併合罪の処理

刑法四五条前段

懲役刑につき

同法四七条本文、一〇条

(犯情の最も重い判示第二の罪の懲役刑に法定加重)

罰金刑につき

刑法四八条二項

一  労役場留置

刑法一八条

一  懲役刑の執行猶予

刑法二五条一項

一  訴訟費用の処理

刑事訴訟法一八一条一項本文(被告人に負担させる。)

そこで、主文のとおり判決する。

(裁判官 小松平内)

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